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我が家は父、母、双子の姉(碧)、葵の4人家族です。難聴以外の大きな合併症もなく、毎日元気いっぱいに過ごしています。 葵は2007年7月26日に帝王切開で産まれました。妊娠8ヶ月から切迫早産で入院、日ごとに大きくなるお腹で体中が痛く、毎日「早く出産したい」と思っていたので、2人が産まれたことが嬉しくて嬉しくてまだ歩くのもままならない体でNICUに通いました。碧に比べると葵は弱々しくミルクの飲みも悪かったけれど、「35週での出産で小さく産まれたからだろう」と何の疑いもなく、ただただ愛おしく思っていました。 出産後6日目、明日は双子より一足先に私だけ退院という日、先生から「ダウン症の疑いがある」と言われました。私は『ダウン症』という言葉も聞いたことがなく「何のことだか分からない、でも障害がある子!?」とパニックになりました。これから双子育児を楽しんでいこうと意気込んでいたのに、出産前の体中の痛みなんて比にならない程の心の痛みでその夜は寝ているのか起きているのかも分からない状態でした。それからはNICUに2人に面会に行っても、日増しに赤ちゃんらしく動く碧に対し、弱々しい葵からは目をそらしていました。碧が先に退院してきてからは寝不足と心の動揺から「このまま碧1人だけ育てていきたい」と考えたこともありました。 正式にダウン症の告知を受けた日、主人に「今までの私達の人生は何か困難なことがあっても何とかすれば状況は変えられた。でも葵がダウン症であることはもう変わることはない、それが葵なのだからそのままの葵を受け入れて一緒に成長していこう!」と言われ、少しずつ前向きに進もうと考えられるようになりました。 あっという間に日は流れ、あれから3年。葵も3歳になります。今は何でも碧と同じことをしたいようで、真似ばかりしています。おかげでお話しするのが大好き、一日中おしゃべりしています。最近は碧にできることが自分にできないと悔しくて怒ってすねて、家族中を困らせています。葵と一緒にいることで、碧の小さな成長にも感動することができるようになった気がします。決して同じ速度ではないけれど、確実に碧の後を追いかけている葵。2回分の感動を味わえてちょっと得した気分です。2人がお互いのことを気にしあって、目を合わせて微笑みあったり、母を挟んで手をつないで歩いたり、そんな姿を見て本当に毎日幸せな気持ちでいっぱいになります。これから姉になったり妹になったり親友になったり、2人で刺激しあって成長していって欲しいと願っています。 幸せなことに私達の周りには相談にのってくれる人がたくさんいます。尊敬すべきお母さんお父さんがたくさんいます。葵を通じてそんな人たちに出会えたことはとても幸せです。これから就園、就学、就労とたくさんの壁にぶつかり悩むことがあると思いますが、葵がどう生きていきたいかを尊重しながら乗り越えていきたいと思います。
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はじめまして。我が家は、主人、私、誠太郎(2歳9ヶ月)、妹(1歳3ヶ月)の4人家族です。誠太郎の妊娠中は、たいしたつわりもなく、仕事に遊びにと快適な妊娠ライフを送っていました。しかし出産前日の妊婦検診で主治医から「胎児の心音が少し弱い。」と言われ、NST検査をしました。お徴もきていましたが、胎児の体重がまだ少ないからまだお腹にいれておくようにと言われました。しかし次の日に陣痛が始まり、予定日より2週間ほど早く誠太郎を出産しました。病院に入ってから2時間のスピード安産でした。しっかりとうぶ声をあげ、「よかった~」と思ったのもつかの間、ちらっと顔を見ただけですぐに新生児室へ連れて行かれました。2188gと小さく産まれ、保育器に入ったことを後から聞きました。 出産から2日後、小児科の医師に主人と呼ばれ、ダウン症の疑いと心房中隔欠損があることを告げられました。主人は、出産直後に聞いていたらしく、とても落ち着いた様子でした。そして「誠太郎は、明るくて、楽しい子になりそうだよ。」と私に言いました。家でダウン症のことをいろいろと調べてきたようです。私はこの現実を受け止めることができず、涙が止まりませんでした。 「こんなに健康な私たちから心臓に持病があって、しかも障がいがある子が産まれた」そして「この子を育てるうえで仕事を辞めなくてはいけない」ということが頭を駆け巡りました。 ただ保育器に入った誠太郎を見に行くと気持ちが落ち着いて、愛おしい気持ちになり「母親になったんだなあ、早く抱っこしたい」と思いました。誠太郎は、体重が2300グラムを超えた9月24日に退院し、検査の結果、ダウン症に間違いないことがわかりました。心臓疾患については、小児心臓の専門医より「心臓の穴は自然に閉じるから手術の必要はないだろう」といわれ、ほっとしました。小児科の医師からもダウン症児が行う訓練や療育、そして豊田にエンジェルという親の会があることなどを教えていただきました。それからは私も泣いている場合ではないと思い、インターネットでダウン症関連のページを見たり、書籍を購入し、誠太郎にとってどうしていくのがいいのだろうとひたすら考えました。友人にはメールで「ダウン症だけど、とっても元気なので、1ヶ月検診が終わったら誠太郎を見に来てください」と伝え、たくさんの人に誠太郎をみてもらいました。 現在は、生後2ヶ月から通っていたかじたこどもクリニックの理学療法は5月で終了し、2週間に1度の言語療法と豊田市こども発達センターのあおぞらに週2日通っています。うがいや着替えなどまだできないことも多いですが、他の子の刺激を受け、じっと見ては真似をして、本人はやる気満々です。最近プールが始まり、毎回びびって泣いていますが、活動はとても楽しんでいます。家ではおもちゃよりも絵本が好きで、「本読むよ〜」というと、駆け寄ってきて、何冊も読まされます。言葉もだいぶ増えてきて、意味のある単語だったり、喃語だったりですが、一生懸命童謡を歌ったり、おしゃべりしています。最近は、耳鼻科や眼科の検査や床屋などに行っても全く泣かず、「上手にできたね。」とほめられてばかりです。本当に何でもゆっくりのんびりだけど、確実に成長してるなあと感じます。 私の子育ては、泣いてばかりの辛いスタートでしたが、誠太郎は本当に可愛くて、穏やかで一緒にいると癒されます。また主人が最初に言ってくれたように明るく、楽しい子に育っています。誠太郎が1歳6ヶ月の時に妹が産まれ、今は双子を子育てしてるような状態で大変な時もありますが、2人で遊んでいる姿はとても微笑ましく、子どもって本当にかわいいなあとつくづく思います。 精神的に気が楽になったことのひとつにバイオリニストの高嶋ちさ子さんのブログがあります。先日、家族でテレビにも出演していましたが、実姉がダウン症で、「今の自分があるのは姉のおかげ」と書かれていました。ブログの中で「姉はGAPで働いていること」や「障害者年金でハワイ旅行に行ったり、母が株で損したこと」など、実姉にまつわる家族の出来事をとても面白く、楽しくえがかれていました。私も誠太郎をネタにできるほど、楽しく子育てしていこうと思いました。(現在は、ブログがリニューアルされています) いつも相談にのってくれ、支えてくれる家族や友人、先生、周りの人たちには本当に感謝しています。就園、就学、そして将来に向けて、心配や不安は尽きないでしょうが、焦らず誠太郎の成長を見守り、家族パワーで乗り越えていきたいと思います。 通院や療育、その他諸々、皆さんも忙しいと思いますが、体に気をつけてださいね |
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はじめまして。我が家は主人、私、朱理(4歳)、弟(2歳)の4人家族です。 朱理は、お腹にいるときから成長が遅く低体重だったため、原因をしっかりと調べた方がいいとのことで、近くの産院から藤田保健衛生大学病院を紹介され転院しました。 しかし、低体重以外には特に異常も見つからず、37週の頃、帝王切開で2006gと小さく生まれました。 その時の朱理の表情から、染色体異常の疑いがあるので、念のために検査するといわれました。その時は、聞き慣れないその言葉に、何のことだかわからず、我が子に障がいがあるなどとは思いもしませんでした。 朱理はNICUに入り、私は毎日通って楽しく触れ合い、退院できる日を待ち望んでいた頃、先生に呼ばれ、主人と一緒にダウン症の告知を受けました。 主人はダウン症と言う障がいのことを全く知らず、私もテレビで聞いたことがある程度でした。二人でダウン症のことを調べて、普通じゃないことにショックを受けました。 それからの私たちは、生まれたばかりの朱理の将来をネガティブに考えてしまい、涙・涙の毎日でした。しかし、一週間も経てば、だんだん冷静になり、両親もみんなで力を合わせて頑張っていこうと応援してくれ、より家族の絆を深めて朱理に愛情をそそいで育てていこうと思いました。 東浦町の保健師さんが、大府市の親の会ティンカーベルを紹介してくれたり、名古屋市の療育ルームの「子どもの広場」を調べてくれたりして情報を教えてくれました。一刻も早く、同じ立場のお母さんたちに会いたいと思って、親の会に参加しました。そしたら、同じくらいのダウン症の子を持つママたちがいっぱいみえて、先輩ママたちも優しくいろいろ教えてくれて、とっても救われました。今でも親の会でいろいろおしゃべりするのがとっても励みになります。 現在は、東浦町のなかよし学園に弟も一緒に母子通園しています。とってもマイペースな朱理ですが、少しずつできることも増え、言葉もよく出るようになって来ました。しかし、イヤイヤも多くて、履いている上靴を脱いでは投げたりして、手をやくことも多いです。家では、鏡の前が大好きで、いつも百面相をしながら、手遊びやお歌を歌って遊んでいます。表情豊かな笑顔いっぱいのかわいい朱理に、家族みんなメロメロです。 この先、不安なこともたくさんありますが、みんなに愛されて、助けられながら、幸せに暮らせていけたらいいなと思っています。これからも、みなさんの力を借りて、いろんなことを乗り越えて行きたいと思いますので、どうぞよろしくお願いします。 (矢野 真弓) |
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